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2010年10月

2010年10月30日 (土)

絵本「おぼうさんになったどろぼう」

絵本「おぼうさんになったどろぼう」が発行されました。
文は西本鶏介先生。絵は、水野ぷりんです。
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西本先生とは、不思議なご縁です。
わたしがまだ学生であったころ(ああ、もう30年前!)講談社の絵本講座で
先生のお授業を受けていました。わたしは、大勢の生徒さんたちのひとりに
すぎませんでしたから、先生のご記憶にはまったくないことですが〔笑)

さて、この絵本は、どんなお話かというと。。。

むかし。ある冬の雪のちらつく夜のこと。山寺にどろぼうがはいりました。
「命がおしければ金をだせ」けれど、盗むものなど何もない貧しいお寺でした。
和尚さんは、菜っ葉だけのうすいかゆをすすっています。
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心優しい和尚さんは、どろぼうのおどしに顔色をかえることもなく
わずかなかゆをどろぼうに食べさせてやります。
それでもどろぼうは、「また来てやるからそれまでに金をためておけ」と
いばりちらしてお寺を飛び出します。
でも、その後ろ姿の寒そうなこと。夏の薄い着物一枚です。
和尚さんは、自分の着ていたたった一枚のわたいれをどろぼうに
かけてやりました。
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すると。。。。

人が道にはずれてしまうには、理由があります。
人の心がかたくなになってしまうには、理由があります。
そのはずれた道を正し、本来のやさしい心にもどしてあげるのは
「ほどこし」でも「ありがた教え」でもなく、お坊さんの「無償の善意」です。
それを受けたとき、人は「ああ、自分の気持ちをわかってくれた」と
感ずるのかもしれませんね。
お坊さんの笑顔をうんと明るく、どろぼうの泣き顔にどこかユーモアをもたせて
描きました。雪景色のなかに、石仏をそえたのはどろぼうの改心を見守るものが、
ほしかったからです。

この本は定期購読のもので、残念ながら、書店やネットでは買えません。
でも、お電話ではお求めになれます。、

鈴木出版「こどものくに・ひまわり版12月号」
「おぼうさんになったどろぼう」370円(送料は別です )
(電話)03-3945-6611
(FAX)03-3495-6616

よろしかったら、読んでくださいませ。

そういえば、お寺って、わたしの子どものころは幼稚園のようなところでした。
今でもそんなお寺ってあるのかしら??
LOVE神社がはやっているのですから、お寺もきっと新しいコミュニティの場に
なっていくのでしょうね。

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2010年10月24日 (日)

ば化粧師レイコ・クルク

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「ば化粧師」というご本が12月初旬にリトルモア社から発売されます。
パリを拠点に「変身術」をあやつり40年。映画、舞台、オペラと世界を駆ける
日本人がいる。レイコ・クルック。そのめくるめくる冒険談!(帯より)
この本は、特殊メイキャップの先駆けレイコ・クルックさんの自叙伝です。
代表作は。。。きっと、みなさんもいちどは目にされたことがあるのでは?
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そして、このご本の出版に先立ち、記念パーティが、代官山の
メゾン・ポール・ボキューズで開かれました。女優の原田美恵子さんも
ごあいさつされたり。。。。映画関係者いっぱい、100名ぐらいの出席?
のとても華やかなパーティでした。
わたしは、レイコさんとはパリでお食事をご一緒させていただいただけ。。。。
なのに、ふしぎなことに???メールを頂戴し(びっくり!)招待され、
末席をよごしてきました(苦笑)
レイコさんは、お写真でわかるように、実にエレガント「かっこいい女(ひと)」
で、ほれぼれしてしまいました。
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右がレイコさんを紹介してくれた映像プロダクションPhスタジオの近藤さちこ氏

パーティの帰り、ご本を頂戴して、さっそく拝読!
レイコさん、陽のあたる道だけをするすると歩いてきた人ではないのですね。
生まれは長崎。爆心地から20キロ離れていたとはいえ、被災者です。
終戦のとき10歳だったとあります。それから「民主主義!」という価値観の
大変革の中、多感で負けず嫌いな女の子は、まるでサーファのように 時代の
波と格闘していきます。ラジオから、テレビへ。テレビ局から化粧品会社へ。
日本から、パリへ。そのあいだに、同棲、別れ、結婚出産、離婚。。。貧乏は
くりかえしやってくる。読んでいるだけで、目がくるくる してしまうばかりです。
そして、念願だった映画の仕事についた彼女ですが、はじめたばかりのころは
フランス映画界における資格をもっていなかった上に、日本人でしたので、
同業の方たちからはずいぶんとうとまれたようです。
でも、そんなものは、み~んな乗り越えてしまったのね。
読み終えて、感銘を受けたのは、自分の美意識にただただ真っ正直に生き抜いた
姿勢です。「だって、やってみたいのだもの」「これが美しいと思うのだもの」を
押し通すのは大変なことです。その裏打ちに、彼女は新しいメイクの研究をひたすら
重ねながら、技術を磨いていきます。一流の映画監督、俳優さんたちを説得して、
「証明」していくのですもの。戦いの連続だったでしょうね。彼女は「戦士」です。

己の仕事に真摯に戦いぬいてきたという「誇り」が、彼女をこんなに「かっこよく」
見せるのだろうなぁ。
他人の顔にちがう人格をつくり、ファンタスティックな物語へといざなってきた。。。
魔法使いのような彼女。
でも、彼女の心は「すっぴん」なのです。「ほんとうの贅沢な生き方」ってこうした
ことなんだろうなぁ。
パーティで飲ませてもらったシャンパンよりも、レイコ・クルックという戦士に会えたこと。
それが、わたしにはいちばんの「贅沢」となったパーティでした。
少しでも見習って行こうと思います。
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レイコさんの似顔絵?を描いてみました♪

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2010年10月21日 (木)

逆上がりなんか かんたんだった(渋谷歌会報告)

五行歌を通じて仲良くしていただいている下平紀代子さん。
彼女は編集者ですが、あるときは帽子デザイナーだったりする。
短歌も俳句も詠む。。。と実に多才な方です。
このブログではkikkoroさんとして遊びにきてくれてますが、
これから筆名は「コバライチ*キコ」と名乗ることにしたそうです。
(*は何だろう?若いなぁ。(笑))
改名したら、このお名前が強運なのか??いえいえ実力でしょう。
渋谷の歌会でも、(私が顔を出している)麹町倶楽部でも、「一席」を
お取りになりました。連続受賞です。すごいなぁ。
そこで、本日は渋谷の歌会での歌をご紹介します。

逆上がりなんか
かんたんだった
あの頃
宇宙は もっと
果てしなかった

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とても、おおらかで好きな歌です。
私も子どものころは、夢いっぱい、天真爛漫で、ファンタジーの世界に
軽々と出入りできていたように思います。
そんな感覚を「逆上がり」で表現したのが、とても斬新です。
逆上がりするたびにくるくる回るお空。逆さに見える風景。
なんだか知らない世界に飛んでいってるようで、わくわくしたものでした。
あのわくわくしていた頃、そうですとも、「宇宙は もっと 果てしなかった」
のだと思います。そう、そう、束縛のない「自由な心」は果てしなく大きいのです。
大人になってしまうと「自分はこんな人間なのだ」と自分の「枠」を
知らず知らずのあいだに自分でつくってしまいます。
でも、子どものころ自分の「枠」なんかなかった。「こんな人になりたい」という
あこがれの中で生きていました。知らないことだらけで、知りたいことが
たくさんありました。きっとこれから「楽しいことがいっぱいあるのだ」と
思っていました。
でも、「あの頃」にはもどれないし、もどってしまってもいけないのです。
校庭の鉄棒は大人には似合わない。。。。
それでもね、「自由だった気持ち」は忘れたくないなぁ。
「こんな人になりたいなぁ」というあこがれは捨てたくないなぁ。
そして時たま「自由に遊べる人」になりたいなぁ。
などと、いろいろ考えさせてくれるお歌でした。
読み込んでいるうちにシャガールの絵が浮かんできました。
で、今回はちょっぴりシャガール風タッチの絵。。。。かな???

コイチバラ*キコさんのブログはこちら
いろいろなタッチの歌が読めますよ。
おいしいもの、美しいものをとことん愛する彼女。
もしかしたら、彼女はまだ「逆上がり」でくるくるできる人なのかも
知れません。

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2010年10月16日 (土)

秋のお出かけいろいろ

Aki12
ようやく少しだけ秋らしくなってきましたね。
紅葉の写真にイラストをさしこんで秋気分を味わってみましたが
今年も紅葉狩りなど、とんと縁なくすごしてしまいそうな。。。ぷりんです。
かといって、「芸術の秋!」らしく絵に打ち込んでいるのではなく。。。。
ここのところ、展覧会やら(飲み会も)でお出かけばかり。
ちっとも落ち着いていません。
ご案内を頂戴していたので、いろいろと見てまわっておりました。
まぁ、それはそれで楽しいものです。

なかでも「さすが!」と、うなったのは「篠崎三朗(みつお)」先生の個展でした。
多くの絵本、児童書の挿絵を手がけておられる業界の重鎮です。
Aki2
御年70さいを越えておられるのですが、感性が若々しい。
それでいてやはり長年の積み重ねがあって、品格、貫禄のある絵です。
展示されている絵はもちろんなのですが、それ以上にわたしをうならせたのは、
ギャラリーに何冊もつまれていた「スケッチブック」なのでした。
海外旅行されたときのなにげなく描かれた絵日記のようなものなのですが、
その達者な線!洒落ている!実にお見事。久しぶりに本物の実力を見たわ。
「絵描きはかくありなん」ですね。何かあれば、デジカメでおさめる。データー
で、描いてしまう。なんて、昨今の小技じゃない。
やっぱり、絵描きは己の手で「スケッチ」しなくては。。と反省。
「デッサン」にはじまり、「「デッサン」に終わるのが本当ですね。
しかし、あの絵日記はデジカメに収めたかったの。(苦笑)忘れてしまった。

そして、もうひとつご紹介。
叔母が趣味の版画ではじめて個展を開きました。しかも「銀座」で!
こちらも、70さいを越えています。
版画歴30年以上、ようやく日本板画院の同人に昇格。
身内の話でお恥ずかしいのですが、ほんと、上手になったなぁ。がんばったなぁ。
と思います。で、お祝いに出かけたわけです。
向かって左が叔母。右が叔母の姉、わたしの母です。
Aki4
玄人の世界にしろ、趣味の世界にしろ、大事なのは「志」をもって
「継続」することなのだなぁ。と。。。
人生の先輩方に生き方を教えてもらいました。
この間の朝ドラの「ゲゲゲの女房」では「絵描きは、ただ
描き続けていればいいのです」といったセリフがありました。
このセリフをもういちど、心にきざんだふたつの個展でした。

Aki5
性懲りもなくまた作ってしまったデータ加工の絵に脈絡のなく思いついた一句をそえて

秋のかくれんぼ
もういいかい
もういいコン
葉隠れ 得意ぞ
子ぎつねさん

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2010年10月 9日 (土)

こどもネットTV「どりーむサラダ」

インターネットで見られる子ども番組「どりー夢サラダ」が
立ち上がりました。
子どもたちに美しいものをたくさん伝えたい。
子どもたちになぜ?ふしぎ?をたくさん楽しんでほしい。
子どもたちにアートと知恵で「すてき」に生きてほしい。
そんなコンセプトではじめた赤ちゃんから6歳児対象の番組です。
番組もはじまったばかり。生まれたて。です。

テレビではなく、ネットですから、気軽に、いつでもどこでも、何度でも。
iPadでも、携帯でも。お好きな番組を選んで見ることができます。
まずは、こちらをクリック! 「どりー夢サラダ」!
Photo
こちらの「まなぶ」をクリックしてみてください。
江戸と上方の「いろはかるた」でわたしのアニメがちょこっと
さしこまれて います。
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「いろはかるた」は江戸時代にできたもの。でも、そこに
もりこまれたことわざや格言は、今でも十分通用しますし、
ユーモアいっぱいです。
こちらを「紙」ではなく「映像」におとしこんでいます。
ことわざの意味は、講談師の神田織音さんが、お扇子を
ぱんぱんしながら、お話してくれます。
Photo_3

他にも、芸者のうめ吉さんが歌う童謡は、実にかわいい!
「あそぶ」をクリック!
Photo_4

おすすめはreico yamaguchiさんの「トントンとクロイノ」という
アニメ。実にしゃれています。
「あそぶ」をクリック!
Photo_5

コンテンツは、なんといっても「質」が大事!しかもこの番組
扱う分野がものすごく広い!ですから、これから丁寧に少しずつ
充実させていくことになるでしょう。
どうぞ、ときどきお子さんといっしょに、いろいろクリックして
のぞいて見てくださいな。
好きなチャンネルが見つかって、「良質な番組」を一緒に育ててくだされば
嬉しいです。
わたしも「いろはかるた」を描きあげたら、何かまとまった形にしたいなぁ。
と思っていますし、 こちらで、童謡やら、昔話やら、やってみたいなぁ。と
思っております。どうぞ、よろしくお願いします。
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2010年10月 2日 (土)

江戸の芋神さま「青木昆陽」その2

さつまいもの栽培に意欲いっぱいの昆陽でしたが、
それを心よく思わない人も大勢おりました。
将軍さまにほめられた昆陽が気に入らないのです。
「あんな若ぞうに何ができる」と陰口をたたきます。
「あのいもには毒があるそうだ」とうわさまで流れます。

そして、大変なことにたくさんの種いもがくさってしまいました。
もともと南の国のいもなので、江戸の冬の寒さなあわなかったのです。
「それ、見ろ。畑仕事を知らぬ魚屋あがりの学者のすることだ。
うまくいくものか」
しかし、昆陽は心に誓います。
「きっと、成功してみせる。このいもは、飢饉からみんなを救って
くれるはずなのだから」

すると、昆陽を応援してくれる人たちもあらわれました。
春になると、昆陽たちは、わずかに残った種いもで苗をつくりました。
それを江戸と近くの村に植えました。
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秋になりました。
ああ、成功です。たった17個の種いもから、たくさんのいもがとれました。
はじめて食べた人たちはそのおいしさにびっくりしました。
「なんて甘いのだろう」
「おらの村でもつくりたい」

こうしていもをつくる村は少しずつふえてゆきました。
そして、いもを植えた村では、米がとれないときでも
困りませんでした。もちろん、死んだ人もいなかったのです。
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やがて、そのいもは薩摩の国からきたので「さつまいも」と
呼ばれるようになり、昆陽は亡くなったのちは、
「芋神さま」として神社がたてられました。
その神社では、こどもたちがすもうをとるお祭りがあったそうです。
すくすく育っている子どもたちを見て、神様になった昆陽もさぞ、
嬉しかったでしょうね。(おしまい)

2

みんなのためになると思ったことでも、はじめから、
みんなが賛成してくれるわけではない。
誰もやったことがないことなら、なおさら 反対する人も多いものです。
でも、自分が正しいと思ったことをさいごまで、あきらめずに成し遂げた
昆陽ってりっぱだなぁ。

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