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2009年12月

2009年12月29日 (火)

落語「うどん屋」

はい、みなさま!
暮れもいよいよ押し詰まってまいりましたね。
本日は、落語の「うどん屋」をちょいっと
アレンジ!した小話をお届けいたします。

あるたいそう寒い暮れのことでございます。
「うどんや~ぇ、うどん!」
うどん屋が大きな声で町を流しておりますと、
「ちょいと、うどん屋さん」と、
かぼそい声がかかりました。
ふりかえれば、大きなお店のおかみさん。
「鍋焼きうどんをひとつお願い」
木戸から、袖で顔をかくして
いっそう小さな声で言いました。

1
「ははぁ」
うどん屋は、ぴんときました。
「このおかみさん、どうやら、食いしん坊とみえる。
奉公人に ないしょで、こっそり食べたいのだな」
そこで、ぱぱぱっと、つくりまして
調子をあわせて、いっそういっそう小さな声で、いいました。
「へい、おまちどうさまで」

すると、おかみさん。
「あれ、あんたも風邪をひいたのかい?」

2

さてさて、こちらで「ぷりん茶屋」も2009年店じまいといたします。
みなみなさま、お風邪には、ぞんぶんに気をつけられて
よいお年をおむかえくださいませ。
1月7日を店開きといたします。初売りには「福袋」をご用意いたします。
来年もこの「ぷりん茶屋」をなにとぞ、ごひいきに!
かわいがってくださいませ。よろしくお願いいたします。

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2009年12月26日 (土)

脳が勝手に拾ってくる

去る12月22日(火)に麹町倶楽部主催の歌会に出席してまいりました。
こちらの歌会は「五行歌」です。
「五行歌」とは、短歌でもなく、俳句でもなく「五行」でまとめる詩です。

参加者投票の結果、今回の「一席」のお歌は、こちらです。

捨てたはずの
記憶を
近頃
脳が勝手に
拾ってくる

Nou

こちらを読まれたのは、船津健治さんです。
お年はうかがったことはありませんが、ご年配の紳士です。
ご本人曰く、近頃。。。もうずいぶん、ずいぶん昔の。。
もうとっくに捨てたつもり?忘れたつもり?
たぶん いまいましい?できごとが。。。
ひんぱんに夢にでてくるのだそうです。
なるほど。それで、「脳が 勝手に 拾ってくる」という
ユーモラスな表現になったのですね。

頼んでもないのに、捨てたものを、勝手に拾ってきて、埋める。。。
このとぼけた確信犯は誰でしょう?
わたしは、「脳」というより、つい「犬」を 思い浮かべてしまいました。
船津氏はおつむの中に「忠犬」を飼っているのかも知れません(笑)
犬はご主人に「ほらほら、忘れ物ですよ」とくわえてくるのです。
「もったいないですからね。とりあえず、埋めておきましたよ」
律儀な犬は、、ご主人にほめてもらいたくて、わくわくしているのでしょう。
ですから、その「捨てたはずの記憶」を「歌」にしてきちんと、食べたら
犬も顔が立って、満足するかもしれませんね(笑)

さて、今回の私の歌です。なんと「二席」!はじめての入選です(涙)

かわらに 腰かけ
空を眺める 眉月に
ねこが とびのり
のどを ならす
冷え込んだ 夜のこと

Neko
「絵本の1ページのようだ」ということで、みなさま、イメージしやすかった
ようです。
されど、私の好みを申せば、もう少し観念的な歌が好きです。
と、いうのも、そのほうが、絵にしたとき、ひねりがきいて、奥行きが
だしやすいからです。
されど、されど、こういった考え方ではいつまでも「ひとりよがり」かも?
いかがなものか?と自問自答。
そこで、正岡子規のように「写生」も。やってみよう!と、思い、
今回は、ぱっと、読んだだけで、情景が思い浮かぶことを
心がけてみました。
結果、よかった、よかった。。。ですが、
まぁ、これから、いろいろ実験、試行錯誤してみます。
とにもかくにも、希望ある年越しとなりました。嬉しいです。
歌会のみなさま、ありがとうございました。

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2009年12月24日 (木)

師走(しわす)

みなさま、メリークリスマス!
12月の古名を「師走」といいますが、この時期は
平安時代から、師匠も走れば、お坊さん(法師)も走るほど、
忙しいかったようです。なのに、現代では、クリスマスという
イベントまで、挟み込まれ、大変です。
でも、こちらは、楽しい忙しさ!ですね。
ロマンチックにすごしたいなら、「ホワイトクリスマス」であれば、上々でしょうが、
東京におりますと、めったにめぐりあえるものでは ありません。
そこで、気分だけでも。。。と思いまして、
本日は 高村光太郎の「智恵子抄」から、
「深夜の雪」のさいごの一節を 読んでみたいと思います。

ああ、御覧なさい、あの雪」
と、私が言えば
答える人は たちまち童話のなかに 生き始め
かすかに 口を開いて 
雪を よろこぶ
雪も 深夜を よろこんで
限りなく 降りつもる
あたたかい雪
しんしんと 身に迫って重たい雪がー

0
こちらの詩は 大正2年に発表されました。
信州上高地のアトリエの窓から眺めた雪のことのようです。
当時 智恵子は28歳。当然まだ、精神は正常です。
いいなずけとの婚約を破棄し、光太郎のもとに走り、
ふたりの愛が深まってきたころの詩です。
夜がふけるように 雪がふりつもるように、ふたりの心が
深まっていくさまを しめやかに歌っています。
されど、ふたりの恋は 世間から、ゴシップとして
取りざたされていたころのことでもありました。
しんしんと音もなくつもる雪のように 幾重にも重なった
思いのなかには 複雑なものも あったでしょう。
そんなとき、智恵子の雪を喜ぶ童女のような笑みが
そんなわずらいをふんわり軽く、あたたかく
してくれたのかも知れません。
このあと、ふたりは、婚約、結婚しました。

そこで、今月はこの詩に ちなんで「雪の童話」をイメージし
着物をデザインしてみました。
Photo

雪だるまさんが、覗いているのは、アトリエのなかのふたり。。です。
なかは、ガスの暖炉の火であたたかそうです。
「ぼくもお部屋にはいりたい」って!?
だめだめ、溶けてしまいますよ。

クリスマス、忘年会。。。おしゃれの季節です。
どうぞ、みなさま、存分におめかしして、おすごしくださいね。
と、言いながら、お化粧もせずにブログを書いてるわたしって何?(苦笑)

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2009年12月23日 (水)

冥界のお鈴さん

幕があがる。真っ暗な舞台の中央のみスポットがあてられ、
浮かび上がったマントの女がベルを鳴らしはじめた。
チリン、チリリン。
「悩みがあるならいつでもいらっしゃぁい♪
でもね、残念ながら、世の中は あなたを中心には
回っていないのよぉ♪」
響きわたるベルベットボイス。
ああ、こわい!彼女は、冥界の ご意見番なのです。
彼女の声に誘われて、トイレの花子さんが、するすると
擦り寄っていきます。そして、ひざまずき、頭をなでなでされました。
1
去る12月19日に品川の六行会ホールで
「天河鈴の妖霊病症録」というお芝居を見てきました。
主役のベルの女、お鈴さんを演ずるのは、岡本嘉子さん。
「浮世絵でつむぐ江戸物語」で「ゆうれい貸し屋」を朗読された女優
さんです。
お話の舞台は冥界島?彼女の役どころはそこの「お悩み相談室」
の院長先生です。
楽しいのは、相談室にたむろする愉快な妖怪たち。
若いながらしっかりものの因幡の白兎。。
お山の大将タイプの天狗。お局タイプの八百比尼。
雪女と牡丹灯篭のお露は、色気を競い合い、
河童は文学を志しています。
アメリカからは狼男がやってきました。
柳田邦夫大先生まで登場し、むずかしいお顔をなさっています。
などなど。。。なんとまぁ、華やかで、にぎやかな妖怪模様でしょう。
2
そこへ、なんと人間(男)が、迷い込んできました。
男を追って、女もころがり込んできました。
なにやら、こんがらがった仔細がありそうです。
相談室は、たちまち人間くささで、むんむんの熱気。
さてさて、お鈴先生、この人間たちを、どう更正?させてあげるの
でしょうね。
。。。。といった、内容ですが、要素が盛りだくさんで、ストーリが
散漫になったかなぁ?セリフも言いたいことを全部言ってしまった
ようで、行間に欠けるようなきらいもある。と思いましたが、
あのくらい言ってしまわないと、今の人たちには
伝わりにくいのかも知れません。
とはいえ、役者さんたちは、ベテランはもとより、若い方も、みなさん
芸達者。退屈はさせません。「演技の力」で、涙あり、笑いありに
舞台を盛り上げていました。
お鈴さんは、こわぁくて凄みのある人物ですが、反面、おちゃめで
純情な心の持ち主です。まさに、嘉子さんにうってつけの
役まわりで、ぴたっと、はまってましたよ~!

公演は16日から20日までの5日間でしたから、
嘉子さんは、さぞ、お疲れになってのでは?
今頃は、気がぬけて、ごろごろしていらっしゃるかも知れません(笑)
ベルを鳴らすのもおっくうかしら?チリリン♪
Photo
柳田邦夫役の飛田辰男さんとお鈴さんの岡本嘉子さん。
Photo_2
日本ナレーション演技研究所からのお花

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2009年12月19日 (土)

クリスマスの歌

もうすぐ、クリスマスですね。
皆様におかれましては、すてきな計画と準備で
お忙しいのかしら?
そこで、時節がら、今回は、クリスマスの歌です。

Photo
ホー ホー ホー 
ふくろうたちの コーラスで
お星さまたち いっせいに
きらら きらら またたいた
今宵は とくべつ ふしぎな夜

どの子も みんな 祝われて
どの子も みんな 夢のなか
すてきな 予感を ゆりかごに
朝まで けして 目覚めない

赤い 紳士の ステップが
ひかりの 箱を おいてゆく
ひかりの 願いを かなえたもう
ひかりの 歩みを あたえたもう

ホー ホー ホー
ふくろうたちの コーラスで
赤い 紳士が ターンした
清らかな 朝のための
今宵は とくべつ ふしぎな夜

この詩は、子どものころを思い出したら、わいてきたものです。

あのころ、「サンタクロースさんが、プレゼントをおいてくれる
その瞬間を、ぜひ、見たい!」と思っていました。
ですから、お昼ねをしたりして、工夫をしてたのに、
毎年、熟睡。。。。ついに、見ることはかないませんでした。
なぜ、あんなに寝てしまうのでしょう?
あれは、眠り薬のような魔法を、天使さんやらに かけられて
いたのでは?と思ったわけです。
森羅万象も、子どもが、目をさまさないよう
とくべつな空気で、家をつつんでしまっていたかもしれません。

わたしの幼いころのモノクロ写真を見ると。
三角帽子をかぶって 狭い家のなかで、はじゃいでます。
「こんな大きなお肉!」が食べられるなんて、なんて自分は
幸せなんだろう。と思っていました。
でも、「プレゼントは、ひとつだけ」といわれていたので
欲しいものがいくつもあり、ものすごく悩んでいました。

さて、いつもこのブログを読んでくださっている皆様のために
クリスマスカードのプレゼント!です。
プリントすれば、ちょうど、はがきサイズにしておきました。
ご自由にお使いくださいな。どうぞ、すてきなクリスマスを!
わたしは、締め切りにおわれています。。。

Photo_2

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2009年12月17日 (木)

西のうつわと東のうつわ(Toyou編)

西の雅「京」のはんなりとした酒器を見たあと、
東の粋「神楽坂」で「帽子展」を見ました。
酒器という「うつわ」には、おいしいお料理を、よりおいしく見せる演出の力を
もっていますが、帽子という「うつわ」「ふた」?には、
ふつうの人生を歩んできた人に、思わぬ「物語」を演出する魔法が
ありそうです。それが、帽子の魅力かしら?
Bousi1
パリの窓辺?と、思わせるような展示ですね。
ギャラリーには50点もの帽子、帽子があふれていました。

あなたは、どの帽子がお好き?
Bousi2
かぶれば、「私でない物語」がはじまりそうです。
マドモアゼルにも、マダムにも。。女ホームズにも。
あるときは、千夜一夜物語の主人公。
また、あるときは、しっぽをかくした小悪魔。
バンビになって、母鹿をさがしてもよいでしょう。
どこか、オードリ、ヘップバーンのファンタジーの世界に
迷い込んだようです。
それこそ、私もローマの休日のようなお帽子をすすめられて
かぶり、美智子さまのご婚約のときのような、お写真を
撮っていただいたのですよ。でも。。。とても、恥ずかしい。
かぶり慣れていないので、帽子だけ、浮いている。。。
ですから、写真の掲載はご勘弁ねがって、
「私でない物語」は「絵」だけにしておきます。
Bousi3
さて、お帽子をつくったのは、下平紀代子さん。
帽子デザイナーと編集者と、ふたつの顔をおもちです。
Bousi4_2
さすが、似合ってらっしゃる!
とても、おしゃれ上手な方で、お着物もすてきなのを たくさんお持ちです。
着物をお召しのときも、帽子と組み合わせてらっしゃるの。
わたしは、目をみはり、感心するばかりです。
きっと、「私でない物語」を きちんと「私」にしてしまえる方なのね。
すごいなぁ。うらやましく思って、帰ったのでした。
Bousi32 
思えば、昔、紳士はみんな帽子をかぶっていましたね。

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2009年12月15日 (火)

西のうつわ 東のうつわ(京都編)

先日12月13日(月)は、地下鉄で、くるくる、個展まわりをしました。
まずは、日本橋高島屋で見た「西のうつわ」「京の器」です。
今橋剛和(いまはしたかよし)氏」の展示を拝見。
今橋氏は京焼きの「貴古窯」の4代目。
貴古窯」とは、「古きを貴ぶ」という意味で、名づけられた明治からの窯
のようです。
Photo
ああ、もうすぐお正月なのですね。「寿ぎ(ことほぎ)の器」です。
上の5画の器はおせちを、「おひとりさま」に取り分けて、盛るものなのかしら?
秀菊(かむろぎく)が、華やかです。はんなりとした京風に「今」を取りいれて
こいさん、いとさんといった言葉を思い出しました。
下の左、桜色のお皿には鶴が浮いています。シンプルモダンな作品です。
下の右、ティーポットやビールグラスの更紗ふうのお花は、てっせん?かしら?
これらは、「モダンな和」です。とても しゃれています。
何より魅力なのは「今風」を取り入れながら、「気品を保つツボ」が
きちんとあるような。。。気がいたしました。
くずしすぎない。。のが、とても嬉しい。好みです。
継承者の長男さんらしい「まじめさ」を見たような気がいたしました。
と、いうのは、こちらの作品と比べるとわかります。
2
こちらは、強い!三代目の弟さん、(つまり おじさま)ということですが、
「豪胆」です。おおらかさもあります。淋派の絵のようです。
次男坊らしい、どこか「やんちゃさ」がうかがえる?
シャープだったり、カブキものふうだったりにも見えて、楽しいです。
「江戸好み」「通好み」といったものかもしれません。

さて、この展示を知ったのは「いまはしゆうこ」さんのブログからです。
ご本人は子ども造形教室の先生でいらっしゃいますけど、
こんなおうちの奥様でもあったのですね。
まぁ。。すてき。。。
せっかくだから、何か買って帰りたかったのですけど。。
ちょっと、お値段が。。。しくしく。。。買えませんでした。

でも、京都のお店に行けば、日用のお手ごろなものも、手にはいりそう!
お店は「茶わん坂」にあるそうな。。。すてきな響き。。。
青山の「骨董通り」みたいなのかしら?いつか、行ってみたいです。
Photo_2
今橋氏とは、どんな人?こちらは、想像図です。

さて、次にむかったのは「東のうつわ」
うつわはうつわでも「おつむり」をおさめるので
「蓋」?かしら。帽子展です。
(続く)

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2009年12月12日 (土)

昭和と寄り添い、デートする

去る12月10日(木)「新宿歴史博物館」に行ってまいりました。
この日はデート!お相手は、このブログでおなじみの「アルキメデス」さんです。
と、いうのも、この日うちのマンションが漏電のおそれあり!ということで、
緊急工事!停電になってしまい、パソコンは使えない。ヒーターも使えない。
部屋はまっくら。。何もできない。。。とほほ。。。。
そこで、ご近所のアルキメデス氏にお願いしておつきあいいただきました。
見たのは「林忠彦 写真展」です。
1
行ってみて「カストリ」という言葉を知りました。
「カストリ」とは「粕取り」が語源だそうで、酒粕を取ったような、とらないような
アルコールだけ強い大変粗悪な焼酎のことだそうです。
3合呑めば、血をはく、目がつぶれる。。といわれ、この焼酎に
なぞらえて、3号で廃刊になる雑誌を「カストリ雑誌」というのだそうです。
こうした次々と創刊され、廃刊となる大衆雑誌の紙面で
復員兵、キャバレーの女、孤児など。。。闇市の時代を切り取って
一躍売れっ子カメラマンになったのが「林忠彦」です。
彼のレンズは、疲弊し混沌とした風景のなかから「希望」を写しています。
這うようにたくましく生きる人たち。「焼き鳥キャバレー」なんて看板があって、
おばちゃんが焼き鳥を焼いて、おねえさんが、復員兵を呼び込んでいたりします。

でも、なじみやすいのは、教科書でみた記憶?の「川端康成」「志賀直哉」
「三島由紀夫」など、文士を撮った写真でしょう。
いちばん有名なのが「ルパンの太宰治」。
なんでもこの写真は、その日のこったたった一枚のフィルムを使ったものだとか。
それが、代表作となったわけですから、天命とはこういうことでしょうか?

銀座のバー「ルパン」は文士や編集者たちのたまり場で有名なお店ですが、
実は、むかしむかし。。。20代のころ行ったことがあります。
今から、思えば、ああ。。なんと恥知らずな。。。
小娘が行くところではない。おぼろげな記憶をたどると、こんなところ。
3
きちんとした大人、社会的ステイタスもある大人が、文学や芸術 について
語りあう場所なのです。
ただ「文士の世界」にあこがれて、観光気分で行った自分の愚かさが、
この年になると、とてつもなく恥ずかしいです。ママやバーテンさん、お客さんも
ものすごく不快だったと思います。「身の程しらず」でした。。。
今なら、ほどよく、溶け込めるかも。。でも、お店はまだあるのかしら??
銀座の細い路地、地下への薄暗い階段、重い扉。。など思い出しながら、
アルキメデスさんに「カツカレー」をごちそうになって、帰ったのでした。
2
夫婦みたい??

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2009年12月 8日 (火)

女流囃子演奏会へ行く

去る12月5日(土)「新の会」というお囃子の演奏会に
行ってまいりました。
お三味線、笛、小鼓、大鼓、お太鼓、そして唄も
すべて、女流邦楽家による演奏会です。
ご案内くださったのは、以前「交流の肖像」でご紹介した
堅田喜三代さん。

わたしは、こうした邦楽の演奏会は、はじめて。。
理解できるかしら?と心配しましたが、大丈夫!
わからなくとも(笑)楽しめました♪

その模様をお伝えしたいのですが、音楽ですし、舞台のお写真も
撮れないので、。。。むずかしい。。。
かんたんに申せば、とにかく、お囃子の演奏を聴いていると、
四季の情景が浮かぶのです。
春霞、夏の川、紅葉のちるようす、雪景色。。。
ほおおお。。なるほど、こんな表現が、あるのね。と
うっとりしたりするのです。
Photo
上の絵は、「樹々の密」という曲を聴いたときの様子。
4人の笛のみの演奏なのですが、鳥が、さえずっていたかと思うと
突然、ばたばたと飛び去っていったり、虫の音が聞こえてきたり
まるで、笛が森の呼吸のようなのです。自分も森を彷徨している
気持ちになりました。

そして、最後は「船弁慶」
こちらは、頼朝にうとまれた義経が、恋人の静を残し、
西国にのがれるお話です。その船旅の途中、にわかに大嵐。
平知盛が怨霊となって、行く手をはばみます。
いやはや、すごい迫力でした。
女の声だと思って、あなどってはいけませんね。
怨霊のあばれる様子、弁慶の祈祷のようす。
臨場感いっぱいの唄声でした。
それを太鼓やらで、盛り上げていました。
Photo_2
上手にお伝えできないのですが、会場はいっぱい。
ロビーも大にぎわいで。喜三代さんは、ごあいさつに追われていました。
そして、女流邦楽家のみなさん、それぞれに お美しいです。
ストイックな黒紋付で、凛とされているのですが、それゆえ
一段と、女ぽっさが、こぼれるような。。。。
お座敷で、聞きながら、一杯やりたいものだ。。などと、ついつい
おやじのようなことを考えてしまいました。
喜三代さんに、叱られてしまいますね(笑)
とにも、かくにも
また、うかがって、耳をこえさせたいものです。
Photo_3
喜三代さんのブログはこちら。
Photo_4
華やかなロビーです

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2009年12月 5日 (土)

「綿より軽い君の骨」

去る11月24日(火)麹町倶楽部主催の歌会に行ってまいりました。
こちらの歌は「五行歌」です。
「五行歌」というのは短歌でも俳句でもなく、「五行」でまとめる詩です。

参加者投票の結果、今回の一席はこちら。

折鶴となって
翔び去ったのか
紙よりも白く
綿より軽い
きみの骨を拾う

2

お詠みになったのは、村瀬杜詩夫先生です。
この会の重鎮で いらっしゃる。
この歌は、ご友人の死を悼んで お詠みになったそうです。
ご友人は、社会的な地位の高いりっぱな方だったとか。
しかし、こうしてお骨になった今は、そのお役目から解き放たれました。
生前の責任の重いお立場を思うと、その骨の軽さは
なんとも頼りなく思えたことでしょう。
されど、楽になったのかも知れないと思うと
骨の白さが、なにか浄化されたように清らかに映って、
目に染み入るようだったのかもしれません。
哀しいけれど、軽やかな白い白いお骨です。

病気の快癒を願って飾られていた折鶴は、
色とりどりで華やかなものだったでしょう。
でも、願いがかなわなかったとき、鶴たちは
白く清らかになって、魂を運んでゆくのかも知れません。

「白」という色で、つむいでいく「生と死」。それは「死と聖」。
そして「聖と哀」と縦糸と横糸のようにして織られていくようです。
折りあがった布は作者の思いを「昇華」させたもの。
そんなことを考えさせてくれた歌でした。

さて、こちらは、わたしの歌。
三席にもはいっていませんが、会員の方から「意味はよくわからないけど、
イメージとしてひきつけられる」といった感想をいくつかいただきました。

銀の糸
たぐって のぼる
のぼる のぼる
光 住まうは
沼の底だのに

Photo

これは「くもの糸」のお話をヒントに詠んだものです。
わたしは「野心」。よく言えば「志」のあるタイプで
「上へ上へ」とのぼりたがります。
くもの糸がたれてきたら、よく考えもせず、のぼってゆくでしょう。
でも、はたして、上には「わたしの望み」があるのでしょうか?
ほんとうの幸せってなんでしょう?
自分が今「沼だと思っている現状」の「底」にこそ
「白く清らかなはすの花」が咲いているのではないか?
わたしは、己をわからず、見えていないだけではないかしら?
そんなふうに思うと「底のに」ではなく、「底のに」に
なりました。
ご笑覧ください。

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2009年12月 3日 (木)

島根の伝説「濡れ女と赤ん坊」その3

そのころ 家では さむらいの妻が
針仕事をしながら 夫の帰りを 待っていました。
と、奥から、かたかたと 物音が しました。
「はて?」ふしぎに思って、障子をあけて のぞきますと、
床の間の刀が ゆれています。
代々家に伝わる名刀で さむらいが 命より
大事にしているものです。
「もしや。夫の身に何か。。」
31
妻は 不安でいっぱいになって 外へ出ようと 戸を 開けた
そのときです。
刀は、ふわりと浮いて ひとりで 鞘から ぬけでました。
そして、戸口から  飛び出しました。
妻は あわてて 刀のあとを 追います。
刀は 海岸へむかって 矢のように 空を 飛んでゆきます。

海岸では さむらいが 岩の重さに 耐えかねて
とうとう うずくまってしまったところでした。
「もはや。これまで」
目を閉じたさむらいの耳に 突然 どおおおと 波のうねりが
聞こえ、続いて われんばかりの叫び声が 響きました。
と、「ばん!」と音がして、急に からだが 軽くなりました。
腕にはりついていた岩が はじけたのです。
驚いて目を開け、ふりむけば、なんと、牛鬼が 倒れています。
背中から、ぬれぬれと 赤いものが、突き出ています。
刀のきっさきでした。
32
「助かった。。」
さむらいが よろよろと立ち上がりかけとき、
足元に ぱらぱらと ちらばる 白いものを 見つけました。
見回せば、 小さなしゃれこうべが ころがっています。
はじけた岩が 骨になったのでしょうか。
「岩の赤ん坊か。どんなわけが あったのであろう」
さむらいは、つぶやくと、手を合わせました。

むこう 松林から 妻が かけてきます。
「おまえさま!よくぞ、ご無事で」
妻は さむらいに すがりつきました。
「どうやら、ご先祖さまが 守ってくださったようだ」
さむらいは、 牛鬼から、ぐいと 刀を ひきぬきました。
すると、牛鬼のからだは、たちまち 砂になって
波が さらってゆきました。

こうして 命拾いした さむらいは、刀を たんねんに
清めたあと、小さなしゃれこうべを 寺にあずけ
ねんごろに とむらったといいます。

そののち、 牛鬼を 見たという人は おりません。
33 (おわり)

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