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2009年11月

2009年11月30日 (月)

島根の伝説「濡れ女と赤ん坊」その2

とたん、赤ん坊は目を開け、かっと口を開きました。
歯もはえていない口で 魚の頭にかぶりつくと、
ぐしゃぐしゃと、ものすごい勢いで のみこんでゆきます。
食べ終わると、血で赤くなった口のまわりをなめて
声をたてて笑いました。
21
さすがのさむらいも気味が悪くなり、思わず後ずさりすると、
女はすいっと、一歩前に出て、赤ん坊をほうりなげました。
赤ん坊はさむらいの腕にすとんと落ちました。
「しばし、この子をあずかって くださいまし」
言うなり、けもののようなすばやさで、ざぶん。
海に飛び込み、姿を消しました。

「もののけに、たばかられたか。
こんな 恐ろしい赤ん坊なぞ抱いていられようか」」
さむらいは 赤ん坊を 捨てようと 腕をあげると、
なんと、赤ん坊は岩になりました。
下に おろそうとしましたが、どうしたことか、腕から
はなれません。ぴたりと はりついています。
仕方がないので、さむらいは、岩を 抱いたまま 走りだしました。
岩場から、砂浜におります。松林がみえます。家まで、あと少し。
家は、そのむこうです。

ざざざざっと波が荒れたのを、横目で見たとき、水しぶきがあがり
何かがとびだしました。
ふりかえると、、牛の顔が見えました。
からだは赤黒く、、はがねのような毛がぎらぎら光っています。
「あれが、話に聞く 牛鬼か?!」
さむらいは、岩の重さにへたりこみそうになりながら
必死で 走ります。
牛鬼は、角をふりかざし、飛ぶように 追いかけてきます。
22 (つづく)

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2009年11月26日 (木)

島根の伝説「濡れ女と赤ん坊」その1

今回は、島根に伝わる少しこわ~いお話を少しアレンジして
お届けいたしますね。

むかし、石見の国のお話です。
ある晩のこと、ひとりのさむらいが 海岸を 歩いておりました。
月にはうすらと雲がかかって、なまあたたかい風が吹いています。
こんな日は 魚がよく釣れます。
釣りがたいそう好きなさむらいは、胸をはずませて
岩場に腰をおろしました。
思ったとおり。魚はいくらでも食いついてきます。
びくは、たちまち いっぱいになりました。
「いやはや。こんなことなら、もっと大きなびくを
もってくればよかったのぉ」
さむらいが、ほくほくと笑うと、背中から
「もし、おさむらいさま」と、かぼそい声がしました。
ふりむくと、赤ん坊を抱いた女が立っています。
どうしたことか、女はぐっしょりずぶぬれです。
赤ん坊は寝ているのか、泣き声ひとつたてず、目を閉じています。

「いかがなさった?」驚いたさむらいが たずねると、女は、
「はい、道に迷って 難儀しております。ひもじくもなったところ、
お姿をお見かけいたしたので、声をかけました。
どうか、その魚を分けてくださいまし」
女が頭を下げると、乱れた髪から、ぼたぼたとしずくが落ちました。
「それは、お困りであろう。ならば、さっそく、火をおこして進ぜよう」
さむらいが、腰をあげたそのときです。
女は いきなり手を、ぬうっと 伸ばしました。
そして、あっというまに、びくから、魚をつかみとりました。
「ありがとう存じます」女はにんまり笑うと、
まだぴくぴくとした魚を 赤ん坊の口元に押し付けました。
1 (つづく)

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2009年11月22日 (日)

霜月(しもつき)

11月の古名は「霜月」。諸説あるようですが、これは
「霜降り月」の略と考えるのが いちばん自然ですね。
その名のとおり、朝の冷え込みがきつくなってきたこのごろ。。。。
起きると、すぐヒーターをつけてしまいます。
されど、平安時代では、暖をとるといったら、火鉢。
しかも寝殿造りで板張り。さぞ、寒かったでしょうね。
さて、今月は百人一首から「初霜の降りた庭を
詠んだ歌」をご紹介します。
我が家はマンションですので、見ることはないのですが
お庭のある方はこんな風情ある景色をごらんになったり
するのでしょうか?

心あてに 折らば折らむ 初霜の
置き惑わせる 白菊の花

(あてずっぽうで、折ってみようか。
初霜がおりて、その白さで、見分けが
つかなくなっている白菊の花を)

作者は凡河内躬恒(おおこうちみつね)という人。なんでも
紀貫之と並ぶ宮廷歌人で古今和歌集の選者だったそうですが、
他の風評が聞こえてきません。まじめな人だったのかしら??
Photo

この歌は、初霜が降りた庭に咲く 霜とまぎれんばかりの白菊の
美しさを詠んだ歌です。むろん、霜と花の見分けがつかないわけが
ありませんが、こういったシュールな表現をつかうと、白菊の庭が
幻想的です。白菊が白い宝石のようです。
このあと、起きてきた恋人と花くらべでもしたかもしれません。
「霜のたくさんついた花を折ったほうが勝ち!」とか。
それにしても、寒いでしょうに、風流な!(笑)

そして、この歌からイメージしてデザインした着物が、こちらです。
Photo_2

手描き友禅に金糸の帯のつもり。。。。ああ。。。
ゴージャスすぎて、私には着られません。
どこぞのパーティで、女優さんに着てほしいです。とほほ。。。

私の「霜の思い出」といったら、登校のときです。
朝、玄関をでて、はく息が真っ白いと、
「霜柱が立っているかな」と嬉しくなります。
当時はまだ、舗装されていない道がいっぱいあって、
わざわざ、霜柱をさがして歩いたものです。
霜柱をざくざく、ざくざく、踏んで歩くのが、とても楽しかった。
大きいのを見つけると、助走してジャンプでつぶしたものです。
運動靴の底が冷たくなりましたっけ。。。

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2009年11月18日 (水)

昔話の「よもやま話」

小澤俊夫先生から、教わりました「昔話の語法」について
「ブレーメンの音楽隊」を例文にして、3回にわたって 読み解いて
まいりました。
私自身、記事を書きながら、ずいぶん復習したカンジです(笑)

さて、グリム童話をはじめとした「昔話」は、中世の時代から「おとぎ話」として
愛されてきた世界ですが、近年「残酷」といわれたりするのを、悲しい思いで
聞いております。
今は「清潔」で「便利」で、世相が「残酷」なので、自然と共生していたころの
時代の「ふしぎ話」が、楽しめないのかもしれません。
でも、重ねて申し上げますが、「昔話」とは「欠如」をもつ主人公が「幸福」になる
文学なのです。聞き手であった子どもたちが「ああ、こうなりたいなぁ」と思って
いたからこそ、語り継がれてきたものなのです。
Photo
長靴をはいた猫
子どもたちは 主人公と自分を重ね合わせてストーリーを楽しみますので
脇役のことは ほとんど気になりません。
自分の命をねらったりする悪者は、排除しなくては なりません。
「残酷」という指摘をうけるいちばんは、主人公の敵が、抹殺されたりする場面
ですが、それは、主人公の「身の安全を確保」する「保障」なので、
子どもからすれば、「やれやれ、これで、助かった!」と、ほっとする
「めでたし!場面」なのです。

それに、そもそも人とは 「残酷」だったりしますので、小さなころに残酷を
「疑似体験」して、それを消化する訓練をしておいたほうが、いいように思います。
そのへんもあって、残酷であっても血を流さないで、図形のようにさらっとやる
独特の語り口が、生まれてきたのかも知れません。
「清潔」な世の中ですが「命とは、食い合うもの」であることを 忘れたふりをして
「思いやり」を語っても、「命への感謝」は、生まれないと思うのですが。。。
Photo_2
人魚姫
さて、昔話の構造は、西洋も東洋も ほとんど変わらず似たお話が
たくさんありますね。でも、西洋から見ると、実に理解しにくいのは
「つる女房」のようなお話だそうです。
だいいち、主人公は「つる」か?「夫」か?どちらにしても「幸せな結婚が
やぶれた」という「欠如」のまま終わっている。これは「未完か?」と
思うそうです。
でも、日本人のわたしたちは、こういった「せつない終結」を愛してきましたね。
「きっぱり解決」しないことを「それも良し」とする精神文化。
「どちらが悪い」と決めない心のありかたは「やさしさ」に通じるところです。
このグローバル化のなかでも、失わないでほしいなぁ。と、思います。
Photo_3
つるのおんがえし

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2009年11月15日 (日)

「ブレーメンの音楽隊」を読み解く(その3)

四匹は 食べ終わると、それぞれ自分に ぴったりの 寝床をさがしました。
ろばは 納屋のわらの上で、犬は、扉のかげに、猫は かまどのそばに
寝そべりました。
おんどりは 天井の はりに とまって、休みました。
みんな、疲れていたので、すぐに 寝入ってしまいました。

真夜中が すぎました。
どろぼうたちは 明かりが消えた家を こっそり 見ていました。
家は しんと、静まり返っています。
「おれたちは、ちと、あわてすぎたようだ」
どろぼうの親分は 言いました。
「あんなに びくびくすることは なかったかも知れない」
そして、子分のひとりに、家の様子を 見てくるように 言いつけました。
Photo
子分は、そうっと、家に しのびこみました。中は、真っ暗です。
明かりを つけようと、台所へ行くと、光っているものが あります。
「おや、うまい具合に かまどの火が 残っているぞ」
火を もらおうと、マッチを かざすと、「ふうぅぅぅー!」と、うなり声!
いきなり、顔を ばりばりっと 引っかかれました。
そうです。かまどの火と おもったのは、猫の らんらん光る目 だったのです。
しかし、子分は わけがわかりません。びっくり、あわてて 逃げようと 
扉に もどると、こんどは、犬のしっぽを ふんづけてしまいました。
怒った犬は がぶりと 足にかみつきます。
「いててて。」子分は、ますます、あわてて、庭へ駆け出します。
と、ろばが 飛び出してきて、後ろ足で 子分のお尻を 思いっきり 蹴り上げました。
「きゃああああ」子分の悲鳴で 目をさましたおんどりが、すさまじい声で
鳴きます。「こけーっ、こけーっ!」と 鳴きました。
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ころがるように、逃げ帰った 子分は 言いました。
「お、親分、あの家には 魔女がいる!
おいらの顔に 息を吹きかけたと思ったら、長いつめで 引っかきやがった!
扉には ナイフをもった男がいて、足を刺しやがった!
おまけに、庭には、真っ黒い怪物が 待ち伏せていて、
そいつが、こん棒でなぐりやがった!
それだけじゃない。
屋根には 裁判官がいて「悪党はどこだ?!」と、どなっていやがる。
おいらは、もう、おそろしくって、おそろしくって、
むちゅうで、逃げてきたんでさぁ」
どろぼうたちは、これは 大変と 森から逃げだし、家には 二度と
近づきませんでした。
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いっぽう、四匹たちは、この家が すっかり 気に入ってしまい、
もう どこへも 行こうとしませんでした。
みんなで いつまでも 幸せに 暮らしたと いうことです。

このお話はね、さっき聞いたばかりのほやほやのお話なのですよ。
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●昔話は「不幸から幸福になるお話」と 申し上げましたが、それは
①身の安全の確保 ②富の確保 ③幸せな結婚 の3つが ほとんどです。
この場合、①ですね。
ブレーメンに行かなくとも、幸せになってしまいました(笑)
ただ、日本のお話には「鶴の恩返し」のように 誰が幸せになったのか?
解決のつかないお話が多い。。。これが 日本人の独特の美学といえそうです。
●昔話は「主人公 の安全を確保する」お話です。
よく大人の感覚で「どろぼうだって、おおかみだって、魔女だって、かわいそう。
ごめんなさいとあやまれば、許してあげましょう」とラストを改訂してしまうことが
多い。しかし、それは、幼児期においては、まちがいです。
原文では、主人公の敵は二度と姿をあらわさないか、
死んでしまうかと決まっています。
では、なぜ、そうなのか?これは、また次回お話します。
●終わりのおきてで、「おしまい!」には、いろいろな言い回しがあって
楽しいです。ヨーロッパですと「死んでいなければ、今生きているでしょう」が
一般的?。日本ですと。「どんと、はらい」「とっぺんはらり、ぷう」など、
西洋、日本とも「さぁね、ほんとうどうか、知らないけどね」といったとぼけで
終わります。ここが、おとぎ話の余裕です。

長いこと、教えてくださった、小澤先生のご協力でつくった「映像紙芝居」が
あります。次回はそれを、ご紹介したいと思っています。

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2009年11月13日 (金)

「ブレーメンの音楽隊」を読み解く(その2)

四匹は、森の中で 夜を明かすことにしました。
大きな木の下に、ろばと犬が 寝そべりました。
猫とおんどりは、木の上にあがりましたが、
おんどりは、てっぺんまで 飛び上がりました。
そこが いちばん安心できる場所に思えたからです。
そして、用心のため あたりを 見回しました。
すると、遠くにひとつ、ぽつんと 光るものが見えます。
「おーい、あかりが 見えるぞ。森の奥に家があるにちがいない」
おんどりが 叫ぶと、ろばが、「それは いい。そこまで行ってみよう。
ここは、寝ごこちが あまり よくないからね」と、言いました。
犬は「そうしよう。おなかもすいたからね。そこに 肉が 
ちょっぴりついた骨でもあるといいなぁ。」と言いました。
猫は「かまどの火が、のこっていれば、暖かくて助かるわ」
と、言いました。
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四匹が、ふたたび、そろって、歩きだしました。
ちらちらとした明かりは だんだん大きくなって行きます。
やがて、こうこうと 明かりのもれる一軒の家に たどりつきました。
いちばん背の高いろばが、中を覗き込みます。
「何が、見える?ろばさん」と、おんどりが聞くと、ろばは、
「すばらしいごちそうと、ワインがテーブルにならんでいるよ。
席には、どろぼうたちがいる。えらく楽しそうだ。」と言いました。
「うらやましいな」おんどりがつぶやくと、
「そうとも!あのごちそうを なんとか ちょうだいしたいものだね」と
ろばが、言いました。
そこで、四匹は、どうしたら、どろぼうを追っ払えるか、相談しました。
そして、よい手を思いつきました。

ろばが、前足を 窓枠に かけて立つと、犬が ろばの背中にのり
ました。猫が 犬の背中に はいあがると、おんどりが、
高くまいあがって、猫の頭に とまりました。
そして、いち、にの、さんで いっせいに鳴きました。
ろばは、「べえぇぇ」。犬は「うぉんうぉん」。猫は「ぎゃお、ぎゃお」。
おんどりは「こけっこっこー」
その声のすさまじいこと!。
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どろぼうたちが、びっくりして ふるえがったところへ、、
四匹は、窓をやぶって、中へなだれこみました。
どろぼうたちは、化け物がおそってきたのだと
思い込み、いちもくさんで逃げ出しました。
四匹は、さっそく テーブルにつくと、がつがつと、ごちそうに
食らいつき、たらふく いただきました。
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●昔話は「孤立」しているのが好き。見える明かりはひとつ。森の中で
たどりつくのは、一軒家が定番。
●昔話のストーリーは「まっすぐな一本道」を進みます。
ろばは、犬に会い、猫に会い、おんどりに会い、どろぼうの家にたどり着く。
そのあいだに「生い立ち」とか「飼い主たちのその後」とかを挟み込むような
複雑な組み立てははじめから、放棄してます。
●昔話の表現は単純。「大きな木」「すばらしいごちそう」の一言です。
そのほうが、聞いたとき、頭にすっと、絵が浮かびます。
●昔話では人も物も「硬質」です。窓をやぶってもガラスの破片はささらない。
ごちそうに、ガラスの破片もはいらない。おにぎりも、ころがっても、
ほぐれないし、泥だらけにならないのと 同じですね。
●おとぎ話というものは、そもそも、リアルな表現はしないものなのです。
むずかしいことが少しも考えられない。。まるで、図形のような主人公が
ある点からある点に移動していくだけです。

でも、こうして、長い間愛され、語り継がれてきたのは、なぜでしょう?
次回、最終話で、考察してみます。

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2009年11月11日 (水)

「ブレーメンの音楽隊」を読み解く その1

みなさんご存知「ブレーメンの音楽隊」は、グリム童話のひとつです。
このお話を、小澤俊夫先生の「昔話の語法」で(自身の復習がてら)
読み解いてみたいと思います。
(絵はずいぶん前にお仕事で描いたもの。掲載は月刊誌でしたので
もう売っていません。文章はわたしが、ブログ用に新たに書きおこしました

むかし 一頭のろばが 飼われていました。
長い間 荷物を運んできましたが、年をとると
ほとんど 働けなくなってしまいました。
そこで 主人は そろそろ ろばを 殺そうと 思いました。
それに 気がついた ろばは 「こりゃ 大変だ」と
逃げ出して ブレーメンの町へ むかいました。
ブレーメンの町へ行けば、音楽隊に はいれると思ったからです。

しばらく 歩いていくと、犬に 出会いました。
息をはぁはぁきらして 寝そべっています。
ろばが、「おや、犬くん。 どうしたんだね」と 聞くと、
犬は、「ああ、情けない」と言いました。
「わたしは おいぼれてしまって ご主人の 狩りの おともが
できなくなっちまったんだよ。そうしたら、ご主人に撃ち殺されそうに
なったので、逃げ出してきたのさ。
でも、これから どうしたら いいのだろう。」
「それなら、ブレーメンに行こう。町の音楽隊に やとってもらうんだよ。
「そいつは、楽しそうだ」
犬は うれしそうに いっしょに 歩き出しました。
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二匹が しばらく行くと、猫に 出会いました。
びしょぬれになって、しずんだ顔をしています。
ろばが「おや、猫さん。どうしたのだね」と聞くと、
猫は「ああ、情けない」と 言いました。
「わたしは、おいぼれてしまって、ねずみが 
とれなくなっちまったんだよ。そうしたら、おかみさんに
川にしずめられそうになったんで、逃げ出してきたのさ。
でも、これから どうしたら いいんだろう」
「それなら、ブレーメンへ行こう。町の音楽隊にやとってもらうんだよ」
「それは 愉快ね」
猫は 機嫌をなおして いっしょに 歩き出しました。

三匹が しばらく行くと、おんどりに出会いました。
夜明けでもないのに 大きな声で 鳴いています。
ろばが、「おや、おんどりさん。どうしたんだね」と聞くと、
おんどりは「ああ、情けない」と言いました。
「明日、お客さんが来るんだよ。そうしたら、わたしは
首をちょんぎられて、スープにされるんだよ。
だから、鳴けるうちに 鳴いているのさ」
「それなら。ブレーメンに行こう。町の音楽隊にやとってもらうんだよ。
死ぬよりましだろう。
みんなで 音楽隊をやれば、ちょっとしたものだぜ」
「それは、すてきだ」
おんどりは、良い申し出だと 満足しました。
2

こうして、四匹は 連れ立って。ブレーメンの町を
めざして 歩きだしました。
でも、ブレーメンの町には 一日では たどりつけませんでした。
森に はいると、 夜になりました。
3_2
●昔話とは、もともとは、絵本ではなく、口伝えの文学です。
ですから、とっても、単純!耳で聞き取りやすいように 自然と 語り口が
整えられてながら、伝わってきました。
この語り口の様式美を「昔話の語法」といいます。
●まずは、はじまりのおきて。「むかし、むかし」「今は昔」がはいります。
さあ、はじまるぞ!と、耳をすます、きっかけです。
●昔話は「欠落の文学」です。はじめは、不幸でなくてはいけません。
いじめられたり、 ばかにされたり、ひとりぼっちだったり、子どもを
さずからなかったり、病気だったり、貧乏だったり、しなくてはいけません。
昔話は「不幸から幸福になる文学」なのです。
不幸あってこその、ファンタジーなのです。
●だからといって、「不幸」をなまなましく、表現することはありません。
首がちょんぎられても、血まみれには なりません。
さらっと、いきましょう。これは、幸せになるための 要因です。
●ストーリーの盛り上がりは、ホップ、ステップ、ジャンプのクレシェントです。
この3段階は、同じ調子で語られますが、2回目が少し軽く、3回目が重要で
次の展開に映ります。このお話では、犬、猫、おんどりと仲間をふやして
行きますが、主人公の不幸は1回目、2回目、3回目と、エスカレート!
でも3回目で克服したり、三人兄弟の末っ子が、物語をひっぱることが、
なんと多いことか。「3」はキーワードです。
●昔話の登場人物は、むずかしいことは、考えません。
この場合も「年をとったからといって、どうしてこんな目にあうのか」とか
「そもそも、そうやすやすと、音楽隊にはいれるのか」などとは
決して考えません。まっすぐ、ストーリーだけが、すすんでいきます。

さて。。。四匹は幸せにむかって、まっしぐら!次回をお楽しみに!

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2009年11月 8日 (日)

紅葉の唄

きのうの夜見た夢。。。
金魚が、ぱしゃりとはねた。はねすぎて、
水槽から 飛び出してしまった。
わたしは、おおあわてで 水槽にもどそうとするのだけど、
金魚は どんどん大きくなって、水槽より大きくなって
はいらない。「あー、あー」と叫んで、目がさめた。

おかしな夢。。そんなことで、祖母の家にあった
池を 思い出した。
鯉みたいに 大きな金魚が泳いでいたっけ。。
今はもう、祖母はもちろん 家も池もないけれど、
金魚の赤い赤い色は、鮮やかに覚えている。

そのうち、詩が描きたくなったので
昔描いた絵に添えてみました。

てん てん 鞠つく スキップで
てん てん 下る 帰り道
くる くる 赤い葉 まわってる

おばあさまに ほめられて
わたしの スカート まわってる
赤い葉 いっしょに まわってる

つん つん つま先 ステップで
つん つん 下る 帰り道
くる くる 赤い葉 追いかける

おばあさまに ほめられて
いただきました 赤い飴
つまずき 落とした 口惜しい

はら はら 赤い目 泣きました
はら はら 赤い葉 なぐさめる
お地蔵様に あげましょね
赤い飴
よだれかけに よく似合う

Photo

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2009年11月 7日 (土)

紬の里「結城」と昔ばなし

紬の里「結城」へ、先日、ちょこっと行ってまいりました。
ここを訪れたのは はじめてです。
まだ、こういった家並みの残るすてきなところなのですね。
1
でも、着物好きだからといって、買いに行ったわけではありませんよ(笑)
「昔ばなし」のお勉強会です。
ヨーロッパメルヘン賞を受賞された小澤俊夫先生が主催されている
「昔ばなし大学」という講座があります。
私は2006年から、勉強をはじめ、、とりあえず、初等科?を終了。
今は同校の「再話コース」を選択。グループ学習をしています。
そのお勉強仲間のおひとりが、結城に在住。
そこで、その日は結城で、原稿をまとめることになったのです。
2
どんな原稿か?と申しますと、それは以前このブログで書いた
「あこや姫」です。あれは、わたしが気ままに再話したものですが、
先生がお授業の教材にとりあげてくださったので、このメンバーで
「先生の理論に基づいた手法」で書き直しているのです。
3
では、先生の理論とは何か?それは。。。「昔話の語法」といいます。
何それ?という声が聞こえてきそうですが、それは、「グリム童話」
を交えて、自身の復習がてら、近々 ご紹介することに
いたしましょう。

で、せっかくここまで来たことですし。。。ということで
ちょっぴり観光!「紬館」を見てきました。
で、まじめにデッサンも しました。
4
結城紬というものは、今は50万を出しても買えないものですが
もともとは「普段着」です。大変硬く、丈夫な布です。
でも、洗えば洗うほど、やわらかくなり つやもでて、肌にしっとり
なじんでくるそうです。
「かいこ」が「まゆ」を つくり、「まゆ」から「真綿」が生まれ
「真綿」から「糸」をつむいで、「糸」をくくって「紋様」をつくります。
それから、きーっこ、ぱたん、きーっこ、ぱたんと織り上げます。
それを裁断、縫って「着物」という形になって、3代は着られるといいます。
なんだか「昔ばなし」と似ていませんか?
昔ばなしもその原型が整うまで さまざまな工程があったことでしょう。
でも、そのお話は 子から子へ受け継がれ、心にしみこんでいきます。
大事にしたいなぁ、と思うのです。

記念に、「がま口」を買って帰りました。
私の思いなんて、こんな小さな空間にはいってしまいそうなものですが。。
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2009年11月 5日 (木)

「名も 少年のような 次郎柿」

去る10月27日(火)に 麹町倶楽部主催の歌会に行ってまいりました。
こちらは「五行歌」という、短歌でもなく、俳句でもなく「五行」で歌をまとめる詩
の会です。

今回の栄えある一席の歌はこちら。

色 あさく
さわれば 硬く
まだ 走り
名も 少年のような
次郎柿

詠まれたのは、関口有美さん。先月に続いて一席です。
すごいわぁ。実は私もこちらに票をいれました。
読んだとたん、「ああ、これが一席かもねぇ」と予感いたしました。
お見事です。まだ、店頭に出始めたばかりの柿。
彼女は、それを手にとって、そこから。少年という「青い時代」を
連想されたのでしょうね。
わたしは 「初恋」ということばを この歌から 思い出しました。
思えば、中学生であったころ、私は、顔立ちの美しい男の子が好きでした。
にきびなぞ、少なくて、色の白い無口な男の子が好きでした。
でも、そのころの男の子って(今から思えば)まだ、青くさいだけ。
幼稚ながら気取っていただけなのでしょうが、私には「若きウエイテル」に
見えて、「文学的!」などと思い、妄想にかられていたのでした(笑)
Jirou

さて、こちらは、また問題にならなかった 私の歌です。

花 食らいしも
岩に なりしか
君が 心
われ 抱きしめて
雨を 乞う

実はこれは、夫婦喧嘩の歌です
歌ったわたしの気持ちを訳すと。。。。

「花」のような私(笑)を 嫁にしたのに
あなたの心は「岩」のように かたくななのね。
私は、そんなあなたの心を抱きしめて、なだめたいのです。
でも、思うようになりません。
どうぞ、天よ。雨をふらせて、このわだかまりを
清めてくださいな。

という意味です(笑)

ちょうど、見合う絵がなかったので、アレンジします。

花 食らしいも
鬼に なりしか
君が 心
抱きしめれば
夜が 笑う

Yugao
こちらは、源氏物語から、「夕顔」と「六条御息所」を題材に描いた絵です。
光源氏は「六条御息所」という、美しく賢く、大変高貴な恋人をもちながら、
「夕顔」というたいした身分のないものの、なよなよとひたすらかわいい女に
夢中になります。ふたりの逢瀬の夜、嫉妬にかられた六条御息所は
「生霊」となってやってきて、「夕顔」をとり殺してしまいます。

歌は「花」である源氏の立場で読んでみてくださいませ。

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2009年11月 2日 (月)

「りんごちゃん」のおちゃめなパパ

みなちゃま あたしは だぁれ?だれでしょう?
Photo
あたしは、「りんごちゃん」5歳の女の子よ。かわいいでしょ。
趣味は「誘惑」。。。ちょっと、おしゃまで、ちょっと凶暴なの。
今日は、あたしを描いてくれたパパのことを紹介するわ。
パパはね、あたしのことを
♪りんご 君の顔が すごくすごくすごくすごくすごくすごくすごく
好きだ~♪笑ったりしたら、他は 相手じゃないんだ~♪

と歌ってくれるの。シンガーソングライターなのよ。
それで、このあいだ、いつものように ライブハウスで パパが
歌っていたそのときよ。。
着物姿のおばさんが はいってきたの。「ぷりん」って名前らしいわ。
「りんご」と「ぷりん」。。。なんだか「や!」なカンジ。
一瞬絡みあった視線。「おやつ対決!」の火花が」とんだわ。
このおばはん、パパとどういう関係なのかしらっん!?
Photo_2
Photo_3さて、私ぷりんは、先日 この年になって はじめて ライブハウスと
いうものに行ってまいりました。「歌会」でお知り合いになった
「平井敬人(たかひと)」くんの歌を聴きにいったのです。
平井くんは、作詞作曲、編曲のほか自作自演のCMをつくっている若者です。
私はこの世界のことは よくわからないのですが、「りんごちゃん」に
ひとめぼれ!とにかく、聞いてみたくて、場違いを乗り越え、決死の出陣!
。。。。結果、とても楽しかったわ♪
「素直」だったり、「おちゃめ」だったり、「少しせつない」歌のさまざまが
少し鼻にかかった甘い声で歌われて、心地よかったです。
歌のあいだにはいってくる「ほんわかトーク」も楽しくて、すっかり
彼のファンになりました。
彼の歌は、同世代の若者にむけてのメッセージなのでしょうが、
私でも楽しめたのは、どこか なつかしい感じがするからです。
そうそう「カルピスの味」です。
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Photo_4 あら、このおばさん、案外わかっているみたいね。
パパはあたしたち子どものアイドルになれると思うわ。
パパのHPでわたしが踊りまくっているアニメを見てね。
幼稚園のお友達に大ウケなのよ。
Photo_5 そういえば、「花ぱーちー」では、パパも踊りまくっていたわね。
しかも、恋の幸薄い乙女の役で。おばさん、笑って笑ってしまったわ。
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Photo_7でも、ほんとうのパパは、純情で恥ずかしがりやさんなの。
今風のイケメンじゃないのね。だから、しょっちゅう女の子にふられているの。
そのショックで、かぜをひいたりしながら、失恋の歌を鼻声でうなったり
するの。くすん。。かわいそう。。。
Photo_9 ふ~ん。じゃあ、おばさんが 仲良くしてあげようか?
Photo_10(絶句)。。。いーっだ!
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平井敬人公式サイトはこちらです!「映像を見る」はとくにおすすめ!
Photo_12  わたしも、彼のCM にでてみたいわぁ。おかあさんとか、
おばあさんとかの役でね、柱の影から「敬人、がんばって!」と
うるうるするの。
Photo_13おことわりっよ!
Photo_16ちょっぴりおすましの平井くん♪ 

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