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2009年9月

2009年9月30日 (水)

「浮世絵でつむぐ江戸物語」その2

来る10月16日(金)18時30分より 文京区シビックセンターにて
開催する朗読会「浮世絵でつむぐ江戸物語」。
本日はその日の朗読のひとつ「ゆうれい貸屋」をご紹介します。
こちらは、歌舞伎や落語で世話物、人情話として有名なお話ですが
もとは山本周五郎の小説です。
どんなお話か?ちょっとさわりを。。。

舞台は江戸京橋炭屋河岸の「やんぱち長屋」。
その裏店に住む 桶屋職人の「弥六」が 主人公。
この男、腕はいいんだが、困ったことに、底抜けっつぅぐらい怠け者。
とにかく 働かない。だからといって、遊蕩にふけるのもめんどう。
ただただ、ごろごろ ごろごろしているのだ。
そんなものだから、とうとう、女房も出て行ってしまった。
なのに弥六は「気楽になった」と大あくびの毎日であった。

そんなある雨の晩のこと。
寝転んでいた弥六の前がぼおぉぉっと明るくなった。
と、「う。。ら。。め。。し。。や。。」
ざんばら髪の女が、妙にすごんだ目で弥六をじいっと見ている。
ゆうれいだ。。。

このゆうれい、聞けば、もとは辰巳芸者の染次。男にだまされ
こんな姿になったらしい。相手の男は、むろん取り殺してやったものの
浮かばれず、宙にさまよったまま行き場がない。気の毒な女であった。
おまけに。。このお染め姐さん、どうして どうして、そりゃあいい女っぷり。
女房にしてくれたら、不自由はさせない、と言う。
情けもたんまり厚いらしい。

こうして、ふたりは夫婦になった。
夜になれば、お染め姐さん、岡持ちさげて、酒や肴を、運んでくる。
ふたりは、夜な夜な、さしつさされつ、おしどりの~♪
ついばむ 酒肴に 極楽が~♪見えては 消える 鴇の声。

されど、少しは稼がないと、お店賃やらなにやらいるじゃないの。
というわけで、思いついたのが、「ゆうれい貸屋」。
世の中に うごめく 金の恨み、恋の恨みを 人に代わって
あたしらゆうれい仲間が、きっと、はらしてしんぜましょう。
「必殺ゆうれい仕事人」。。。
お染め姐さんは、商売への意気込みで、鼻息が荒くなってきた。。。

さてさて、どうなることやら。。。
続きは、16日(金)会場で 舞台女優「岡本嘉子」の
芝居っ気たっぷりの朗読で お聞きくだせぇ。
みなさまをおおいに笑わせ、最後はほろり。。と泣かせてみやしょう。

チケットのお申し込みは こちら
Photo
910×910 水干絵の具 岩絵の具

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2009年9月29日 (火)

だるまさんの唄

まだ少し汗ばむ陽気ですが、秋晴れが続きます。
運動会の季節です。
Photo
私は、たいそう運動の苦手なこどもでしたので
体育の時間は つらい思い出が多いです。(涙)
さかあがりができない。跳び箱がとべない。
なわとびの二重とびができない。
みんなが次々とクリアしていく中で、自分だけできない。
恥ずかしながら通信簿で「2」をとったことがあります。。。

それでも、負けず嫌いなので 放課後、たったひとりで
何日も練習したのを覚えています。
半べそかきながら、がんばりました。
それで、鉄棒は ひざ掛けまわりとか 開脚あがりとかのワザまで修得!
跳び箱もなんとか人並み。
二重とびもとりあえず一回。(連続はだめでした)できるようになりました。

足も当然遅かったのですが、「運動会のかけっこ」となれば、
やっぱり「旗の下」にすわりたい。なんとか3位にはいりたい。
スタート、ももの上げ方など、ずいぶん練習してのぞんだように
思うのですけど、「旗の下」の記憶はないです(笑)
2

こんなふうにテープをきることはなかったけれど、
楽しかった運動会。
母がきまって、栗ごはんを炊いてくれました。
おいしかったなぁ。

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2009年9月26日 (土)

長月(ながつき)

9月の古名を「長月」といいますが、これは「夜長月」の
略と考えられるそうです。
祖先の人たちは、実によく月をめでてきました。
そこで、百人一首にある歌をひとつご紹介。
作者は素性法師(そせいほうし)というお坊さん。
男性ですが、恋人のおとずれを待つ女性の気持ちを
想像して詠んだ歌です。

今来むと 言ひしばかりに 長月の
有明の月を 待ち出でつるかな

1
「すぐにでも あなたのもとに 行きましょう」
とあなたが お手紙を よこしたばかりに
それを あてにしてしまい。。。。
2
秋の長い一夜をすごし
とうとう 有明の月が出るまで 
待ち明かしてしまったわ。

という歌ですが、別の解釈として
「お手紙いただいたからあてにして、もう何ヶ月も待っているのよ」
という説もあります。

いずれにせよ、「どうして来てくださらないの。来てくださいね」
という女心を歌っています。
男性が詠んだ歌ですから、「女にはこうあってほしい」という
願望はあると思いますが、こういった歌は、実に多いのです。
「待つ」のはせつない気持ちになりますが、
当時の人はそれ以上にその時間を楽しんでいたように
思います。
それを「もの思う」時間に使って、「贅沢」にすごししてきた
ように思います。
そして、昔の歌にはなんと「月」がたくさん登場することか。
「月」の静かな光は「もの思う」ときの格好のアイテム。
人は月がのぼるのを待ち、満ちては欠けるその風情に
おのれの心情を重ねます。
恋人を思い、栄華を思い、現世のはかなさを思います。
たったひとつの月なのに 眺める人の心情で
さまざまな顔となります。

Photo
というわけで、今月は「恋人を待つ月」をテーマに
かわいいお着物をデザインしてみました。
赤い着物は ういういしい。。されど、30代後半からは
ピンクや白の帯というわけにも いかないでしょう。
グレーにしてみました。
銀ねず色というのは 都会の風景に似合う モダンな色です。
お月見アイテムを型染めにして、大人の遊び心!
こんな着物でおしゃれをしたのに、待ちぼうけなんて
くらわされたら。。。現代ですと、お別れですね。

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2009年9月23日 (水)

牛に引かれて善光寺

「牛に引かれて善光寺詣り」と申しますけど、
これは、布引山の伝承からきています。
こちらを先日、お仕事で描きました。
なんでも、島根のケーブルテレビ?で放映するらしい。
ほとんど人目にふれないので(苦笑)。ここで公開。

むかし、とても欲張りなおばあさんがいました。
観音様のお祭りの日には、「決して働いてはいけない」
という決まりなのに、せっせと、機織して稼ぎます。
神様なんて、信じません。お金が大好きなのです。
布が織り上がって、ほくほくと干していたら、
突然白い牛があらわれて「ひょい」。
布を角に引っ掛けて、たったか、たったか、走り去る。
あわてておいかけるおばあさん。されど、年寄りの足。
追いつくはずもなし。やがて、牛は見失うは、日は暮れて
あたりはまっくらになるは。。で 途方にくれていると、
突如 空から ふぁぁぁ~と 光がさして 足元を照らしてくれた。
見れば、点々とつづく 牛のよだれ。
たどっていけば、善光寺。
お堂にとめてもらって、一晩手をあわせていたら、
おばさんは、なんとも、なんとも安らかな心になった。
こうして、おばあさんは、すっかり信心の心をとりもどしたとさ。
めでたし!
Usi
布引き牛
といった、お話ですが、こちらもいろいろな説があるようす。
大きく分けるとふたつ。
ひとつは、とられた布は、観音さまに まきつけてあり
おばあさんに きちんと返却されたのだ。
観音さまが牛に姿をかえて、おばあさんを
信心への道に導いたのだね。という説。、
もうひとつは、まったく逆で、いやいや布は山の崖に
はりつけられてしまったのだ。
取りにゆけないおばあさんは、毎日毎日、布を眺めているうち
とうとう石になってしまったということだ。あわれなことだ。
という説。
どちら、信心の大切さを伝えようとしていますけどね。、
もう少しつっこんで調べてこんどまた、「お話」にしてみようかな。

それにしても、自分ひとりでは 解決できないことが
ふとしたことで、何かに導かれて、新しい道が開ける。。
というのは、人生ままあることかも。と思いました。
それは、人の親切だったり、忠告だったり、
読んだ本の中だったりするけれど。。。

人にはそれぞれ、実は「My牛」というものが
いてくれているのかもしれない。
だけど、布を大事だと思って追いかける人と、
「また、織ればよい」と思って追いかけない人がいて、
お寺にたどりつける人と つけない人とに分かれるのかも
知れない。「欲ばり」であることも、時には、必要かしら??
どうでしょう?

布引き観音
Kannon

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2009年9月20日 (日)

鼓を打つおひなさま

その日 はじめて小鼓というものを まじかで見ました。
胴は漆塗りに蒔絵。乱れ菊かしら?きらきらと みやびです。
ふたつの皮が 赤い麻ひもで あやとりのように つながっています。
砂時計式変わり玉手箱といったカンジ。なんとも かわいらしいです。

見せてくださったのは、堅田喜三代さん。
「浮世絵でつむぐ江戸物語」の舞台で、鼓の演奏を披露される方です。
わたしが 鼓を打つデッサンができず困っていたところ、
モデルになりましょう、とわざわざ我が家まで いらしてくださいました。
そのため、髪も日本髪。ひとえまぶたに富士額。
まるで、おひなさまのようなお顔立ちの方です。
でも、鼓をかまえると、とたん凛として、まわりの空気まで、ひきしまるみたい。
ポーズをとっていただいて、右から、左からとクロッキー。
前から、後ろからもと、5~6枚クロッキー。
Photo
こちらただいま製作中
お聞ききすれば、「堅田流」という囃子方、鳴り物のおうちの生まれだそうで、
おじいさまの代から、お父様、おじ様と、みなさん、松竹劇団新派の音響に
たずさわってこられたとか。演奏のほかに 邦楽の音とその効果と演出?。。。
といってもピンとこないのですが、ゆうれいがでるとき、
「ひゅ~どろどろ」と音がはいりますね。
あの、効果音をもっと幅広くしたようなもののようです。
ラジオでたとえると、効果音(波のざざざっ。。。)は、行李に小豆をいれて
つくったりしますが、それを鼓やらお三味線やらで音づくりをして
舞台をもりあげるのです。
それだけでなく、時には、宮鈴を鳴らしたり、
うちわに そろばん玉やビーズをつけて 雨の音をつくったりもなさるとか。。

ですから、これまで堅田流名取として、さまざまな舞台に立たれてきました。
今はまさに、大阪松竹座で藤山直美主演の「はなのお六」。
また女性邦楽家グループ「綾色箱」の演奏会。
サッチャー前首相の前でも、演奏。。。
はぁ~、ここまで書いてきて、ため息です。
わたしはふつうのサラリーマンの家の娘。家の格のあまりのちがいに
困ってしまいましたが、ご本人はお優しく、いたって気さくに
お話くださいます。
「ほんとうにお育ちのよい」というのは、こういうことかも知れません。
とはいえ、ご苦労のそれなりにあるようす。

まずそれは、女に生まれてきてしまったこと。
なにしろ伝統芸能の世界ですから、女ははみだされてしまいます。
歌舞伎、能、文楽。。。なるほど、「芸」は「男の世界」です。
昔から、鼓や琴、笛などの芸事は、お姫様にとってあくまでも「たしなみ」
であって、それを「生業」にするのは「芸者」や「白拍子」である。
といった感覚が現存しているようです。
おすもうでたとえれば、「女が土俵にあがるのと、土俵が穢れる」といった
ことでしょう。ですから、喜三代さんは、おじいさまやお父様のように
歌舞伎座の舞台には、あがれません。
それが「格式」なのかもしれませんが、実力とは関係ないこと。
ご本人としては、はがゆい思いもされることもあるでしょう。

さて、今回の公演では、鼓とピアノのコラボ演奏もあります。
まるで、ジャズのようにアドリブの応酬がはいってくるとか???
どんなものなのか?わたしも聞いたことがないので 想像ができません。
これからの舞台稽古の見学が楽しみです。
Photo_3
堅田喜三代ブログ ジャニーズ、韓流ファン必見!
喜三代さんが、ちょっこっと鼓を打ってみてくださいました。
たーちぽんぽ、たーちたたた、ぽぽっんぽぽっん、ぽぉぉん
響くこと、響くこと!狭い我が家がふるえています。
すてき!すてき!です。

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2009年9月16日 (水)

京都の伝説「戻り橋の鬼」おわりに

このお話は 京都堀川一条にあって、洛中と洛外をつなぐ 小さな橋に
まつわる伝説を再話してみたものです。

そもそも「戻り橋」と呼ばれるようになったのにも伝説があります。
ある男の葬列がこの橋をわたっていた。
そこへ死に目にあえなかったようやく息子がかけつけ、父の名をよんだ。
すると、死者だった父が、いっとき生き返り、対面を果たせた。。というもの。
この橋は、現世からあの世(異界)にはいる入り口だったのです。

そして主人公のさむらいは「渡辺綱」。
今回は、みやこ人の代表として、一般的な人物像に書きましたが
実は、源頼光の家来で 大江山の酒呑童子退治にも同行した 
対魔物のエキスパートです。
その鬼退治の際、ただひとり逃げ延びたのが、今回の鬼「茨木童子」。
ですから、このお話は「意趣返し」と考えてもよいのですが、
別の説もあります。
この鬼は、もともと「女」。。。あの有名な「宇治の橋姫」だったというのです。
橋姫は、夫の愛情を失い、後妻となった姫に、激しい嫉妬を抱き
神様に祈願。
「どうぞ、わたしを鬼にしてください。あの女を取り殺してやりたいのです」
そして21日間宇治川にひたって、生きながら鬼となった姫です。
彼女は、後妻のみならず、縁者ともども。。。しまいには、だれかれとなく
殺すようになりました。そのため、都は大変ぶっそうになり、
渡辺綱が、見回りを敢行。一条の橋のたもとで、橋姫と遭遇したのだと
いうのです。おもしろいですね。
12
どちらにも、共通するのは、かならず 斬られた腕を 取り戻しにくる
ということです。
そして、かならず まんまと鬼の罠にはまって、腕をとられてしまうことです。
どうしてでしょう?ひとつぐらい、正体を見破って、とられる前に戦うお話が
あってもよさそうですが、みあたりませんでした。
異界のものは異界に帰ってほしいという願いと畏れでしょうか?
私はそれだけでなく、「異界のものは 異界に返さないといけない」
といった、昔の人の「けじめ」が、見えるような気がするのです。
おそろしいものに対する「敬意」かも知れません。
「茨木童子」を祭る祠もあるそうですし、「橋姫神社」もあります。
恨みをなだめて、祭ることで、その力を現世で役立ててもらおう。
というのが、古来からの日本の心のありかたです。
悪や異物を徹底的に退治したり、征服したりするようなことはしないで
共存の方向性をさぐっていきます。
私が、伝説などがすきなのは、こんな自国の本来の姿を見ることが
できるからです。

ちなみに、京都の方は今でもお嫁にいくときは、この戻り橋をわたらないとか。
戻ってきては、困りますからね(笑)

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2009年9月13日 (日)

京都の伝説「戻り橋の鬼」最終話

「いかん!ふれては いかん!」
さむらいが 言いかけたとき
「これは わしの うでじゃ!」
われんばかりの 叫び。
みれば、なんと、なんと、あっというまに
鬼の すがた。
鬼は かたうでを つかむと 飛び上がりました。
9
屋根を つきやぶり ごおーっと かぜを まきあげ
光るたまとなって 空高く 消えました。
けたたましい笑い声が、あたりに こだましました。
さむらいは しばらく ただ ただ ぼうぜんと
空を みあげて おりました。
10
こののち なんども みやこでは
鬼がでると うわさが ながれました。
でも、それが うでを きられた鬼かどうかは
だれにも わからなかったそうです。
ただ、夜に 一条の戻り橋を わたるものは
いなくなったということです。
11(おしまい)
この一条の戻り橋には、いろいろ伝説があるようです。
次回はそのへんをふまえて、鬼と人の心について
ちょっとした記事を書いてみようと思っています。

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2009年9月 9日 (水)

京都の伝説「戻り橋の鬼」その4

そんな ある日のことです。
ひとりの 尼さんが やしきを たずねてきました。
さむらいの おばに あたる人です。
おばさんは、久しぶりに 顔が みたくなった といいます。
あれこれと 思い出話を しているうち 鬼の はなしになりました。
「そなた、鬼のうでを とったそうじゃの」
「は、おそろしいやつで ございました」
さむらいが こたえると、
「見たいのう」おばさんは つぶやきました。
「いけません」 さむらいは きっぱり ことわります。
「主人のきつい言いつけなのです。それに そのようなものを
目にしては どんなたたりが あるやも わかりません」
でも、おばさんは
「わたしも すっかり 年をとった。たたりがあろうと、なかろうと
わずかな命じゃ。そのようにめずらしきもの、ひとめ見てみたい。
この世のなごりじゃ。」
といって ききません。なんども頼みます。
それで、さむらいは とうとう
「では、まこと ひとめだけですぞ」
といって はこを とりだしました。
7
そうっとあけると、けものの においが むっと 鼻をつきます。
かたうでは まだ生きているよう。
天をつかむように 広げた指は 今にも動きだしそうです。

「おう、おう、おそろしいものじゃ」
袖でくちもとを かくし、じいっとみていた おばさんは
あっ、ふいに 手をのばしました。
8 (つづく)

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2009年9月 7日 (月)

京都の伝説「戻り橋の鬼」その3

さむらいは じっと 黒い空を にらんでおりましたが、、
しばらくして 刀を 鞘に おさめました。
ほっと息を ついたものの
えりが 重く、引きずられているようなことに
気がつきました。
うしろに手をやると、ごつごつした手触り。。
「斬った鬼のうでだ」
さむらいは 身震いすると、 むちゅうで
馬を 走らせます・
でも、とりついたうでは、がしりと つかんで
はなれません。
やしきに もどると、大声で 家来を よびました。
三人の 男たちが、かたうでを 引っ張たり、
指を ひろげたりして、ようやく はずれました。
床に ごろんと ころがった 赤いうで。。
針金のような 黒い毛が みしりと はえておりました。
5
これをみて ご主人が いいました。
「このままおいては、たたりがあろう。
しっかり 隠して だれにも 見せてはならぬ」
こうして 鬼のかたうでは がんじょうな箱に
しまわれました。

ところが 鬼のかたうでの うわさは たちまち
評判になりました。
毎日、人が 押し寄せます。
でも、ご主人の きつい言いつけです。
さむらいは だれにも 見せませんでした。

そんなある日のこと。。。
6 (つづく)

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2009年9月 3日 (木)

「浮世絵でつむぐ江戸物語」その1

本日は、お知らせです。

来る10月16日(金)18時30分より、
文京区シビックセンターにて「浮世絵でつむぐ江戸物語
を開催します。
主催はVoicek。飯島晶子です。
以前、このブログ「芙蓉を読む人」でご紹介した方。。。
「源氏物語、秘花」や「被爆ピアノ」「アンデルセン」など
たくさんの公演をされてきた方ですけど、
今回は 私も参加させていただきます。

この公演の主旨は、「江戸のさまざまなお話」。。。
笑い話もあれば、怪談もあります。思わず涙。のお話もあります。
その朗読を聴きながら、絵や音楽も いっしょに 楽しんでしまおうと
いうものです。
Photo
戦国時代が終わり、江戸時代をむかえ、ようやく平和がおとずれました。
すると、人々の生活も落ち着いてきて さまざまな文化が生まれました。
歌舞伎、落語が生まれたのも江戸時代ですし、浮世絵もそうです。
今まで、お姫様のたしなみだった「鼓」や「琴」も
裾野を広げてゆきます。
まさに町人文化が 花ひらいた時代です。
人々は、泣いたり、笑ったりしながら、人と人の情けをつむいできました。
心、豊かな時代だったといえましょう。
そんな時代の活気を、少し現代風に この公演で再現してみようと
思います。

朗読を 「ピアノと鼓」という異色の調べが 寄り添います。
朗読なのか?劇なのか?ベテランと若手の「掛け合い朗読」もあります。
それを。「和映像」と「照明」がひきたてます。
映像のなかには、わたしの絵がさしこまれています。
そして、ロビーでは、ぷりんの絵が展示されています。
きっと、ふりかえるように 舞台の余韻を楽しめると思います。
Tsuzumi2
とはいえ、舞台づくりは、まだまだ。。。これからです。
幸いにも文化庁芸術祭の審査を通過、参加公演に選ばれました。
過去は、石川さゆりなどが、大賞をとっています。
賞をとれますかどうか???(笑)わかりませんが
出演者、スタッフ一同、はりきっています。

公演日にむけて、その稽古模様をリアルタイムで お伝えしていく所存。
おみ足お運びくだされるか否か、とんと、お考えくださりませ。
詳細はこちら
ずずずいっと、お願い申し上げます。
Syasin_2 

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2009年9月 2日 (水)

京都の伝説「戻り橋の鬼」その2

さむらいは 女をのせて 一条戻り橋を わたります。
「さて、おやしきは 五条のどのあたりかな」
問いかけると、突然 背中で げらげらと
笑い声が 聞こえました
驚いて ふりむきかけ 川面に 目をとめました。
なんと、水に 鬼が うつっています。
「たばかったか!」
さむらいは、 すぐに 刀を ぬきました。
女は、鬼に すがたを 変えていました。
赤い顔に ぎらぎらした目。
口は 耳まで 裂けて うねうねとした 黒い舌を
のぞかせています。
おそろしさに、さむらいが たじろいだ その一瞬、
鬼は ひゅんと 飛び上がり
さむらいの えりあしを ぐわっと つかみました。
3
「おのれ!」
さむらいは 力いっぱい からだを ねじると
刀をふりおとしました。
がしっと、たしかな手ごたえ。
うでを 切り落としたと みえたとき
「ぬおおおお!」
うなり声が とどろいて
ごおおと 風が ふきました。
鬼は まいあがり そのまま
すがたを けしました。
4  

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