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2009年5月22日 (金)

薪能「清経」を見にゆく(後半)

「清経」のテーマは、男女の価値観の永遠の相違です。

「命」より「美の観念」を選んだ清経に対し、

妻は、夫婦として連れ添う「実」こそ大事です。

♪えんやこら、今宵も 舟をだす~

清経は、月下、小舟で沖にでて、笛を奏し、

謡ってみれば、栄華のはかなさに

しみじみしてしまいます。

「現世とはこのように移ろいやすいものなのだ。

それより西方浄土へまいりたいものだ」

そして、がばっと、海に身を投げました。

Kiyotsune3_4

♪あれから幾年、こぎつづけ

大波 小波 ゆらゆられ~

極楽見えたこともある~

地獄が見えたこともある~

清経は、妻に言い聞かせます。

「いいですか。私は戦で人を殺したのですから、

本来ならば、修羅道に行くはずだったのです。

ですが、命を絶つおり、ただ一身に

清らかに念仏を唱えてることで、往生できることになったのです。

何が悪いんです!ありがたいことなのですよ。」

されど、妻はあくまで、

「夫婦の契りのお約束を反古にしたくせに!わたしの心は

真っ暗よ!なんと、恨めしいこと!お恨みします!」

と、言い張っています。

最後、清経は「もうガタガタ言うな!」と言い放ち、

ひとり極楽浄土へ旅立っていったのでした。

Kiyotsune4_4

夢のなかとはいえ、せっかく、再会できたのに、

ふたりはずーっと平行線。

夫婦であっても、男と女、

最後まで分かり合えないのは致し方ない

ことなのか?

♪それでも やっぱり逢いたくて~

えんやこら、今宵も 舟をだす~

なにやら、妙に夫の顔を思い出す。

♪Row and Row Row and Row

振り返るな Row~ Row~

風がひどく強く、着物の裾を押さえながら、

帰途についた。

幼い頃、祖母によく連れられていった神田明神。

今は毎年初詣に参っている。

猫の骨壷には、こちらでもとめた平将門の

お札をそえている。

でも、神田明神の薪能が、江戸中期まで続いていた

神事能であったのは、知らなかった。

かつては万世橋のたもとに、二階建ての大きな舞台を

組んで開催されていたそうな。

今は本殿を能舞台に仕立てて、復活していた。

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コメント

なるほど平行線ね、でも2人とも平行線の平行間隔をぴっりと計ったのかな?1ミリでも内側にずれていたら20年後、30年後はぴったり重なって同体となるのに・・・と言う感じの印象です、結局仲が良いに越したことはない! と、思います。外側に1ミリの人もいるって? それは責任持てません・・・・

投稿: GAMA | 2009年5月22日 (金) 22時08分

shipそうですね。互い1ミリずつでも、近づくように努力して、
川幅を狭くしていくことを「夫婦の歴史」と呼ぶのかも知れません。
でも、たぶん2本の線は けっして、1本の線には
ならないでしょう。ですから、橋をかけるか、
舟を上手にこげるようになるか、が夫婦円満の鍵?
私には、それが、なかなか、むずかしい。。

投稿: ぷりん | 2009年5月23日 (土) 09時13分

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