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2009年5月12日 (火)

「耳袋~忠義なぶち猫」(後編)

Neko6

なんということでしょう。

子牛のような大きなねずみが

転がっています。

その喉もとには

ぶちが、がっぷりかみついています。

ねずみもぶちも死んでいました。

そのかたわらに虎吉。

虎吉もさぞ、戦ったのでしょう、

血だらけです。

でも、肩で息をしていました。

こうして、娘は元気になりました。

「おおきに。おおきに。」

ぶちを抱いて、娘はほろほろ泣きました。

Neko7

虎吉は、傷をなおしてもらってから、

川むこうの市兵衛さんの家に返されました。

ぶちは、庭に埋められて、

お墓をたててもらいました。

まぁるい石をおきました。

しばらくすると、石に草がはえました。

ぶちのひげのように、細い細い草でした。

まるで、ぶちがうずくまっているように

見えたということです。

     (おしまい)

このお話のおもしろさは、なんと言っても

ぶちのキャラクターにありますね。

「ねずみを捕るのは猫の仕事なんだけど、」

なんてわざわざ言い訳する、とぼけたカンジが

愛らしいです。

虎吉の力を借りたものの、最後は必死の覚悟。

「ここが死に場所」とこころえ、

妖怪ねずみに挑んだのでしょう。

「虎吉を死なせて何としよう、

最後はわてが決着をつけねば」といった

気持ちだったのでは?

まさに「さむらい魂」「義」の志。

畜生ながらあっぱれです。

最後に、筆者は東京生まれ。大阪弁もどきに

なってしまったのをお詫びします。

ご容赦くださいませ

Neko1_2

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コメント

あっぱれ!忠義のぶち、もう少し皮肉っぽい落ちかな?と思っていたのだけど、昔おばあちゃんから聞いたお話っぽくてなかなかいい感じ。昨日ツタヤで木下恵介の「笛吹川」って映画のDVD借りて見たけど(昭和35年作)、なんとなく相い通ずる正直者の哀しさを感じます。昔よく木下恵介劇場をテレビで見たけど、山田洋二の次にソレを継ぐ人って(ぶちの心情を表現できる)誰なのだろう・・・・日本の悲喜の美しさを表現できる大切さをだれか継承して欲しい。

投稿: GAMA | 2009年5月12日 (火) 22時03分

cat個人の欲望を遂げたり、利をあげたりすることばかりが、成功者のようにいわれる昨今の世相に疲れる
このごろです。
損得ではなく、「恩義」とか「つとめ」とか「侠気」とか「恥」とか
日本人が大事にしてきた「美の精神」をもういちど
見直してほしいと思います。

そんなことで、また新たなお話を製作中。
お楽しみに!

投稿: ぷりん | 2009年5月13日 (水) 07時28分

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