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2009年4月23日 (木)

「宇治拾遺物語~お坊さんと白い牛」(後編)

きょろきょろと、あたりを見回すと、

牛が、洞窟へもどっていくのが見えました。

お坊さんは、あわてて追いかけます。

ところが、そのうち、からだが岩壁につかえてきました。

こすれたり、ひっかかったりで、進めません。

牛はとっとこ、先をゆき、やがて見えなくなりました。

洞窟がせまくなったのでは、ありませんでした。

なんと、お坊さんのからだがどんどん、

どんどん大きくなっていくのです。

立っていられなくなったお坊さん。

ずりずり、ずりずり、はって進みます。

Bosan5_3

ようやく、出口。

頭はどうにか抜けでましたが、からだは、はさまれて動けません。

「助けてくれ~!」叫んでも、闇に声がこだまするばかり。

Bosan4_3 

あるひ、村人が洞窟のまえを通りました。

どうしたことか? 洞窟は人の頭の形をした

大きな岩でふさがれていたということです。

                 (おしまい)

「行きは良い良い、帰りはこわい」のが、異界の掟ですが、

これは、絵画的にとてもきれいで、ドラマチックです。

牛は白く、洞窟は黒く、花は赤い。くっきりシンプルです。

そして、牛は神聖。洞窟は神秘。花は美。。。。だったはずものが、

牛は悪性なもの?洞窟は恐いもの?花は毒あるもの?に変わっていく。

この対比が、「からだの膨張」というシュールさに

「凄みの歯車」をかけていくようです。

いつか、絵本か映像にしてみたいぁと思っているお話でした。

Bosan6_3

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コメント

最後に顔が石になると言うのがやはりシュールですね
メドゥーサの目を見たら石になったり、ソドムとゴモラの破壊を振り向いたロトの妻が塩の柱になったりとか、古代から東西問わず同じような逸話がありますね。
僕は石の顔と言うとなぜか五百羅漢を連想してしまいます。
笑ったり、泣いたり、煙草を吸ったり、読書したりと、その人の生前を想像するのが楽しいです。

投稿: GAMA | 2009年4月24日 (金) 08時33分

happy01そうですね、「石」になるのは、定番。
水やあぶくになって消えるのも、定番。
「ぷよぷよしたもの」には、なりませんねcherry

五百羅漢。。GAMさんは、見てきたのね。
どこにその記事があるのかしら?

投稿: ぷりん | 2009年4月24日 (金) 11時56分

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